大学入学共通テストにおける英語民間試験の導入が萩生田光一文部科学大臣の「身の丈発言」や「ベネッセありき疑惑」をきっかけに延期されました

さらに国語・数学の記述式導入は、採点体制の問題や「ベネッセありき疑惑、ふたたび」などから、ゼロから制度設計をリスタートさせることになっています

こうして「高大接続改革」と呼ばれる大学入試改革の柱が2本失われたのですが……

しかし、改革という名の改悪が、すべて潰えたわけではありません。大学入試共通テストに関する改革の2本柱は、先延ばしになっただけで、中止が宣言されたわけではないのです

なにより「eポートフォリオ」という柱の一つがまだ残っています

eポートフォリオについて詳しくは後述しますが、とりあえずは【高校生がつかう内申書っぽいもの。電子データ】とでも思っておいてもらえれば結構です

内申書が中学生の心を束縛し、「学校が望む良い子」という鋳型に押し込む効果があるのと同じように、eポートフォリオもまた同種の、いや、それを遥かに越える思想統制力を持ち得る可能性があります

そして「学校が望む良い子」は「国にとって都合の良い存在」に容易く成長するでしょう

そんな臣民製造装置になり得るeポートフォリオの推奨者が、本日の主役です

その名は、西川純さん

西川純さんは『学び合い』という教育手法(教育思想?)を開発・研究している上越教育大学教職大学院教授です。『学び合い』はアクティブ・ラーニングの一種であり、その関係から彼はアクティブ・ラーニング協会の顧問をつとめてもいます(竹中平蔵が一枚噛んでいる「日本アクティブラーニング協会」とは別物です)

ようするに教育界でそれなりに偉い人ですね。尾木直樹さん(尾木ママ)の代理として「ホンマでっかTV」に出演した経験もあるそうです

リサーチマップでお名前を検索しても、なんともご立派な経歴です。ガチな論文も多く、ウヨ大学教授のリサーチマップを見慣れている僕からすれば、「あ、これが本物の研究者なんだ」と圧倒される思いです

では、なぜそんな立派な教授が、eポートフォリオを推奨せるのでしょう? eポートフォリオには、なにかものすごい利点があるのでしょうか?

西川純さんは言います。eポートフォリオを上手につかえば……

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(画像は西川純『緊急提言:eポートフォリオ構築法』目次より)

(゜ロ゜)

(・_ゞ)ゴシゴシ

(゜ロ゜;

……eポートフォリオで"結婚できる""再就職できる""餓死しない"!?

僕の知ってるeポートフォリオと違う……(o´・ω・`o)


高大接続改革とは何か


西川純さんのトンデモeポートフォリオ話はひとまず置いといて、まずは高大接続改革とは何かという話からはじめましょう

高大接続改革は、この先待ち受けている国際化・情報化・少子化などの大きな変化に子どもたちが対応できるよう、高校・入試・大学の3つをいっぺんに改革しちゃおうというものです

このうちの入試における改革が、昨今話題の英語民間試験導入だとか国語・数学の記述式問題だとかですね

「入試のやり方が変われば高校の授業のやり方も変わるだろー。そうなりゃ自然と大学も変わるだろー(鼻くそホジホジー)」的なテキトーな感じがはじめからしてましたが、案の定次々と問題を指摘され2本の柱がポシャっているのは、先にも述べたとおりです

改革全体を通じて重視されているのが、子どもたちが「学力の3要素」を確実に身につけることです

「学力の3要素」とは、

①知識・技能の確実な習得
②それをもとにした思考力、判断力、表現力
③主体性をもって多様な人々と協同して学ぶ姿勢

このうち今日の話題であるeポートフォリオに関係するのは③ですね

キーワードは「主体性」です

いま起きている高大接続改革の起点をどこに置くべきか意見の分かれるところだとは思うのですが、僕は経団連による「産業界の求める人材像と大学教育への期待に関するアンケート結果(2011年1月)」がその始まりだと考えています

なぜなら、このアンケートにおける"大学生の採用に当たって重視する素質・態度、能力・知識"の第一位に「主体性」が選ばれているのです

そしてこのアンケートの後、中央教育審議会高大接続部会による検討が開始され、第二次安倍政権の誕生、経団連提言、安倍首相肝いりの「教育再生実行会議」による提言などを経て、高大接続改革が決まります

はじまりが「主体性」だったというところがポイントです(アンケート以前から「主体性」の重要性は唱えられていました。あくまで今回の高大接続改革の起点になったという意味です)

つまり高大接続改革において政府と財界が最も重視しているのは「主体性」ということですね

そして入試において「主体性」を評価する道具がeポートフォリオなのです


調査書とeポートフォリオ


eポートフォリオについて説明がしやすいので、まずは「調査書」のことから話をはじめます

大学受験の際、高校から大学に提出する調査書という書類がありまして。先ほど僕はeポートフォリオのことを【高校生がつかう内申書っぽいもの】と表現しましたが、調査書はそのものズバリ【高校生の内申書】と思って頂ければ結構です

では、調査書はどう変わるのか?

従来は裏表1枚の紙におさめて書くよう義務づけられていたのですが、この制限が撤廃されるのです

これは「1枚だけですますなよ? もっともっといっぱい書けよ?大学はちゃんとそれを参考にして合否を決めろよ?」という国からのメッセージに他なりません

調査書で拡充されるのは「指導上参考となる諸事項」という欄で、ここでは6つの項目を詳細に書くことになります

「各教科・科目及び総合的な学習の時間の学習における特徴等」「行動の特徴、特技等」 「部活動、ボランティア活動、留学・海外経験等」 「取得資格・検定等」 「表彰・顕彰等の記録」「その他」です

なぜそこまで書かせるのかというと、「主体性」を評価するためですね。また、協働する力なんかも同時に見ます

ようするに、

高校教師「この生徒はボランティアを積極的に行ってまして、◯年□月×日に△の活動に参加してるんですよ!」
大学「なんと!主体性があってスンバラシイ!!しかも他者と協働して頑張ったわけだ!!合格!!!」
※会話はイメージです。実際に会って話すわけではありません

というようなやり取りを、高校と大学に行ってほしいわけですよ、国は

先生が書く調査書だけでなく、志願者である生徒が希望大学に出す「活動報告書」等の活用も国は求めています。これも調査書と似たような内容で「主体性」等をはかるものと思ってもらえれば結構です

でもでも、調査書を書くにしても、高校の先生が生徒全員のことをそこまで把握するのは困難ですよね? 学校生活だけで評価するならともかく、課外活動まではとてもじゃないけど……って感じですよね? つーか生徒一人一人のデータが膨大すぎて、「先生はクソ忙しいんじゃボケ!こんなんやってられっか!!」ってなりますよね?

生徒が活動報告書を書くにしても、たとえばいつどんなボランティア活動に参加したかなんて、多くのボランティアに参加した人ほど覚えちゃいらんないですよね?

そこでeポートフォリオの出番です

eポートフォリオは調査書の「指導上参考となる諸事項」で書くことになる6項目にまつわる成果を中心に、日々の活動をweb上に記録していくツールです。この記録は「学びのデータ」と呼ばれています

eポートフォリオには生徒が自分で書き込みます。先生は生徒のeポートフォリオをチェックして、コメントを書き加えていく感じですね。生徒はときどき自身の「学びのデータ」を振り返り、今後の高校生活のプランを考えます。よーするに文科省がよく言っている「学びのPDCAサイクルを回せぇっ!」ってやつですね

そして大学入学試験の際には、eポートフォリオの内容を調査書や活動報告書に流し込んでやるのです

また、調査書や活動報告書の素となるだけでなく、eポートフォリオそのものをつかって入学者選抜に活用する動きもあります。というか、こっちがメインですね。調査書や活動報告書への利用は、あくまで副次的なものと考えてください

生徒「これがワタクシめのeポートフォリオです」
大学「うちは文武両道を掲げてるから、体育会系の部活を頑張ってた子にいっぱい点数あげたいんだけど……君、いろんな活動はしてるけど、文化系のものばっかだよね? ダメだよ、偏差値だけで大学を選んじゃ」
生徒「ひえええー」
※会話はイメージです。実際に会って話すわけではありません

……というような使い方を国はしてほしいそうです


さて、一口にeポートフォリオといっても、ベースとなるシステムと個別システムの2種類ありまして

ベースとなるシステムが「JAPAN e-Portfolio(JeP)」です。これの開発にはベネッセも一枚噛んでいます

JePには「学びのデータ」を蓄積する機能と、「学びのデータ」を大学に提供しインターネット出願する機能があります。前者については基本的な機能しかないので、実際に生徒がデータを書き込んでいくのは高校が契約した個別システムに対して、ということになる場合が多いでしょう

個別システムは民間企業がアプリなどの形で提供しており、JePのシステムとも連携をしています

主なeポートフォリオの個別システムは以下のとおり

・Classi(クラッシー):ベネッセとソフトバンクの合弁会社

・スタディサプリ:リクルート。学習動画アプリとして有名だが、学校向けサービスとしてeポートフォリオ機能もある

・Feelnote:サマデイグループ日本アクティブラーニング協会が展開するSNS型eポートフォリオ

現在の状況はClassiとスタディサプリの2強(Classiのほうが普及してるっぽいので、1.5強くらい?)といったところですが、Feelnoteはなにかと気になる存在なので名前をあげました

先にも述べたように、Feelnoteを展開する日本アクティブラーニング協会は竹中平蔵さんが関係しています。さらに会長は高大接続の議論を先導し、eポートフォリオの導入にも一役かった安西祐一郎さんです。安西祐一郎さんがベネッセの利害関係者でもあることは、英語民間試験&国数の記述式導入騒ぎのときの「ベネッセありき疑惑」で明らかとなっています。……今日の話の本筋とは関係ないことなので、このへんでやめときますが、興味のある人は調べてみるといいんじゃないですかね


eポートフォリオの問題点


eポートフォリオの問題点については、先にも述べましたが、やはり生徒の思想統制という面が一番怖いです

「主体性」を評価するためのシステムと国は言っていますが、実際のところそれは「評価されるための主体性」です

評価されるためにボランティアをやる必要があり、評価されるために留学する必要がある。評価されないものは頑張る必要がない

それは本当に主体性なのか?」というようなことを教育社会学者の中村高康さんがラジオ(『荻上チキ・Session-22』2019.12.17)で言っていましたが、まさしくそこなんですよね

「主体性」ではなく、評価というエサで誘導されているだけなのです

現に2019年夏のボランティアでは、方向性を誘導された高校生たちが倍増しているところもあるようです

「ボランティアは良いことだから、何目的でもいいじゃないか」という声も聞こえてきそうですが、そういう話ではない。僕は「主体性」と「誘導」の話をしているので

たとえば国が「安全保障教育は大切だから、自衛隊のイベントに参加した人には良い点あげてね!」と大学に言えば、高校生はこぞってその手のイベントに押し寄せるでしょう

つまりeポートフォリオは年若い国民を一定の方向に誘導できてしまうシステムなのです

しかも日々の活動は教師の目でチェックされ、コメントがついてくるというオマケつきです。「なんでお前は天皇陛下の奉祝パレードに参加しなかったんだ。他の生徒はみんな参加してeポートフォリオに書いてるぞ」なんてコメントされる未来が来るかもしれません

また、eポートフォリオと形は違えど、同じく思想統制機能をもつ「キャリアパスポート」というシステムが小中高で始まるのも見逃せません。これもまた「主体性」のためパーソナルポートフォリオをつくりPDCAサイクルを回そう、というものですね。これはいずれeポートフォリオとも接続・連携することになるでしょう

思想統制の面がなくとも、個人情報を一企業に握らせることを前提としたシステムも問題です。特にスタディサプリを運営するリクルートさんが「リクナビ」でやらかしたのは、記憶に新しいところですよねhttps://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/080200592/

先にも述べましたが、高大接続改革の旗振り役である安西祐一郎さんの存在も気になります。「21世紀の石油」とも呼ばれるビッグデータが、旗振り役の利害関係企業に流れるシステムというのは、さすがに問題があるでしょう

こうした問題があるにも関わらず、eポートフォリオを就活に活用しようとする動きや、小学校からの導入を画策する動きもあります

かつてこの国が他国を植民地にし、侵略戦争を推し進めていた時代。子どもたちは少国民と呼ばれ、国家の思想統制に縛り付けられていました。教育もまた戦争システムの一部だったわけです

eポートフォリオをはじめとする「主体性」の教育は、そうした戦争の時代の教育に戻ろうとするものに他ならないのです


西川純のトンデモeポートフォリオ


さて、eポートフォリオが何かがわかったところで、いよいよアクティブ・ラーニング協会顧問の西川純教授による『緊急提言eポートフォリオ構築法』の内容に迫っていきましょう

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こちらは西川純さんが2018年12月に自費出版した電子書籍です(2019年2月~オンデマンド出版に対応)

「はじめに」で、西川純さんはこんなことを言っています

"キャリア・パスポートもeポートフォリオも、子ども達が一生涯構築し続けなければならないポートフォリオの一断面なのです"

"義務教育で形成したキャリア・パスポートは、高校のeポートフォリオに繋げてもらえないならば無駄になってしまうのです。高校のeポートフォリオが意味あるものになるためには、義務教育でのキャリア・パスポートの土台がなければならないのです"

上記のことからもうっすら透けて見えますが、西川純さんはeポートフォリオを小学校のころから一生涯使い続けることを提唱しています

そんなことを許せば、たとえば小学生のときに天皇奉祝行事に参加した・しなかったことが四十がらみの再就職に影響を与えるような世の中になるかも……?

それはともかくとして、西川純さんはeポートフォリオをたんに「高校生が受験に使うもの」としてとらえていません。よって、大学受験におけるeポートフォリオの話題は、この本ではほぼほぼ出てきませんし、今日の記事の中心点ではありません

また、タイトルからもわかるとおり、西川純『緊急提言eポートフォリオ構築法』は、eポートフォリオの是非を問うものではありません。もちろんeポートフォリオを是とした論旨ではあるのですが、それを使うことは前提であり、いかに活用すべきか・いかに発展させていくべきか、西川純さんが考えていることを解説している本です


さて、西川純さんは第1章でeポートフォリオを簡単に解説すると、第2章「何故、新たなポートフォリオが必要なのか」で、日本の危機について説明します

【人口減少→内需縮小→不景気はずっと続く】

といった分析から、これまでの就職モデルがまるで通用しなくなると西川純さんは言います

"「中卒より高卒、高卒より大卒。同じ高卒・大卒だったら偏差値が高い学校を卒業すれば、より高収入になり、より幸せになれる。」というモデルはもう崩れている。 だから、高校はもちろんのこと、義務教育で自分の進路をしっかりと考えることはとても大事だ"

"だから、新しいポートフォリオが必要"

僕は必ずしも子どものうちから自分の将来を考える必要があるとは思いませんが、それは置いといて、いきなり「だから必要なんだ」と力説されても困ってしまいますね

もちろん西川純さんは、その後にちゃんと「だから必要」の理由を詳細に述べています

それが上に張り付けた目次ですが……もう一度、確認しましょうか

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リシュ面


eポートフォリオはリシュ面に使える、と西川純さんは主張します

リシュ面とは、新卒採用の際、大学の成績証明書からどんな科目の履修歴があるかをもとに行う面接のことです。財界推奨の面接で、最近増えてきている方式だそうです

たとえばマスコミ業界の採用試験を受けるなら「マスコミ概論」みたいな教科で良い成績をとってたほうが有利、ということです

大学の就職予備校化がさらに進みそうな話ですね

ただ、ここまでは成績証明書なんかでもできる話です

リシュ面でわざわざeポートフォリオを使うのは、学校の成績だけではなく課外活動も視野に入れてのことでしょう

これはもう「大学」の就職予備校化どころの話ではなく、「大学生時代」の就職予備校化という恐ろしい事態に……

さらに言えば、eポートフォリオを面接で使うとすれば、企業が採用志願者の高校時代まで知ることになります。しかも西川純さんはeポートフォリオを小学生から使い始めることを主張していますので、彼の考えでは、企業が採用志願者の小学生時代まで知ることになります

これでは大学生時代の就職予備校化どころか、高校生時代の就職予備校化、中学生時代の就職予備校化、小学生時代の就職予備校化さえ視野に入ることになります

こんな未来がきたら「日本人は財界に奉仕するために生まれてきたのか……」と絶望しちゃいそうになりますね


非正規雇用


就職予備校という批判を予期していたのか、西川純さんは続く「非正規雇用」で自己正当化します

「大学は就職予備校ではなく学問をするところ」という信念を持つ高校生との対話を想定し、こんなことを言うのです

"君のように学問を学びたい人は、それに合った大学に進学して勉強したらいい。しかし、多くの子どもは学問を学ぶより、有利な就職を実現するために大学に入る、その人にとっては就職に直結することを学ぶことを目的としている。だから、それを実現する大学はあるべきだと思う"

それなら専門学校でいいじゃんとツッコミたくなるような発言に続けて、

"でも、君が私の子どもだったら、後者の大学、つまり君が就職予備校と言った大学に進学することを薦めるね。何故なら、学問を学んだ君も就職するだろう。企業は君を採用する義務はない。君が企業に自分を採用すべきであることを説明しなければならない。その説明を君一人でやらねばならない大学と、大学が率先して説明してくれる大学、親としてどちらに入った方がいいと思うかは自明だと思うよ"

……真剣に学問をやっていれば、そのていどのこと自分でできると思うよ?

"小学校、中学校、高校、大学がみんなで「自分たちは就職予備校の教師でない」思っても、企業が企業内教育で育ててくれた。そして老後の生活まで面倒を見ていた。ところが今後はそうではない。その結果が、今の非正規雇用の増加だと私は思う"

非正規雇用は、激変する今後の世界で正規雇用になる能力がない→能力がないのは、これまでの教育が悪かったから

……という理屈ですね。実際、西川純さんは、

"(非正規雇用の)大きな理由として、正規雇用としての給料を払えるだけの仕事ができない"

と、なんとも凄い煽りを入れていたりもします

頑張ってeポートフォリオを使って「主体性」を伸ばせば正規雇用だけど、使わないと非正規雇用になっちゃうぞ……という脅しですね

まあ、不安につけ込む系な新宗教でよくあるタイプの文句なので、こんなのに騙される人は少ないでしょう。……少ないよね?


結婚できる・再就職できる・餓死しない


「リシュ面」にしても「非正規雇用」にしても、西川純さんの解説は、政府や財界などのeポートフォリオ推進論者が言っていることを過激にしただけです

しかし、ここから先はちょっと違います

さすがに「eポートフォリオで結婚できる!」なんてトンデモな説を唱える人は、西川純さんただ1人(……と思いたいです)

ここはひとつ、気合いを入れて西川純さんの解説に耳を傾けてみましょう。まずは、

"正規雇用と非正規雇用の給料の差は大きい"

といった具合に、西川純さんは前項から引き続き非正規雇用について説いていきます

そこで展開されるのは、eポートフォリオを活用しても残念ながら非正規になる多くの子どもたちに対する、いわば「貧乏人ほど結婚しろ論」です

"例えば非正規雇用者の男女が結婚し共稼ぎをすれば単純計算ですが、世帯収入は368万円となる。正規雇用の独身女性の収入を上回ることになる。 世帯で生活すれば、食費、住宅費、光熱費は2倍になるわけではない。従って、独身での生活より遙かに豊かになることが出来る"

"これは「一人口は食えないけど、二人口は食える」と昔から言われたことだ"

余計なお世話だとは思いつつも、理屈としては理解できなくもない話ですね。あくまでも理屈としては、ですが

しかし、西川純さんの言説は、ここから一気呵成に怪しくなっていくのです!

西川さんは、現在の共働き夫婦が、子どもの世話を夫婦どちらかの"ジジババ"に頼っていることを指摘します。しかし将来は、年金支給開始年齢の引き上げや支給額の減少から、ジジババも忙しくなる

……そこで、夫婦どちらか片方のジジババではなく、

"今後は夫婦の両方の父母に頼らなければならない。つまり6人で子育てをする"(←強引な論理展開!)

で、そうするには距離的な制約がある。ジジババに子どもの世話を度々頼むとすると、"中学校区ぐらい"の距離に4祖父母が揃っていないといけないそうです(←そもそも4祖父母が揃ってない家庭はザラにあるんすけど)

さあ、ここから最高に気持ち悪いんで、一気に引用しちゃいましょう

"さて、夫の実家と妻の実家が同じ中学校区になるためには、出会いはどこであるべき? "

"小学校、中学校です。ギリギリ高校です"

"そこで健全な出会いがあり、相手を慕う気持ち、尊敬する気持ちを育て、やがて結婚に結びつくというのがいいよね"

( ゚д゚)ポカーン

……いったい僕らは、なにを読まされたんでしょうか?

幼馴染原理主義者の妄言でしょうか?

"やがて結婚に結びつくというのがいいよね"なんてキモイ台詞、自分で書いてて鳥肌立たなかったんでしょうか?

おまけに西川純さんってば、こんなことまで言っています

"さて、学校はそのような場(未来の配偶者と愛を育む場)になっているかな?"

"小学校高学年から男女を意識し始め、意識しすぎてクラスが2分されている場合は少なくないよね"

"これでは、非正規になったら生き残れないよ"

いったい西川純さんは何様のつもりなんでしょうか。マジでキモイです(|||´Д`)

ウヨが憲法24条を攻撃しているときですら、ここまでキモくなかったですよ、ホント

ともかく、この「結婚できる」の論旨を一言で表すなら、【子どもがまだ小さいうちに、大人の介添えで、将来の配偶者と出会わせてあげなければならない】ということになるでしょう

また、次項の「再就職できる」にしても、まとめると【子どもがまだ小さいうちに、大人の介添えで、一生繋がれる友達との絆をつくらせてあげよう。再就職には友達のコネが一番さ!】といった感じです。さらに次項の「餓死しない」も【友達がいれば助けてくれる!】というノリです

その他にも、様々な事柄について、似たような方法で論じていますが、いちいち書いていくのも冗長ですので、西川純さんにまとめて頂きましょう

"新たなポートフォリオが何故必要かを話した。表で見えるのは入試対策だ。しかし、それはほんの一部でしかない。実際に必要となるのは「職業を紹介してくれる仲間」、「一緒に福祉課に行ってくれる仲間」、「結婚してくれる同窓生」、「老後を支えてくれる人達と繋がれる能力」を与えるのが目的だ"

傲慢で、ただひたすらにキモイこれらの言説は、しかし、どうやってeポートフォリオの話題と繋がっていくのでしょうか?

少なくとも、上のまとめに入るまでは、なぜeポートフォリオをつかえば「できる」のかが書かれていません

謎を解くキーワードは「Facebook」です


西川純「Facebookをeポートフォリオとして使えばいい」←((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル


西川純さんはベネッセの「Classi」やリクルートの「スタディサプリ(のeポートフォリオ機能)」に一定の評価を与えながらも、それでは不十分だとしています

現在のeポートフォリオのシステムは大学進学という視野でしか構築されていない、と西川純さんは言うのです

たとえば高校時代はClassiなどeポートフォリオアプリの会費は高校持ちですが、卒業後も利用するなら自分で払わなければなりません。となると、卒業後に利用する者はまずいないでしょう

また、ポートフォリオの制度が変わると、以前のデータが使えなくなるかもしれない

どちらの場合でも蓄積したデータは失われることになります

西川純さんはeポートフォリオを「子どもが一生涯使い続けるもの」としたいので、彼としては論外なわけなんです

そこで出てくるのがFacebookです

Facebookなら無料。画像や動画も使え、Facebook社が潰れない限りはデータの保存がききます。ページの編集履歴がわかるので、「自分は過去にこういうことをした」という第三者への証明に適しています。検索機能なんかも今後は向上していくでしょうから、膨大なデータを蓄積しても安心です

だからFacebookを使ってeポートフォリオをつくり(というか、Facebookに日々の学習成果や課外活動を記録していけば、それがそのままeポートフォリオになる)、企業や大学に自分をアピールできるようにしよう!……と西川純さんは言うのです

企業や大学の目を気にして投稿するなんて疲れちゃうよ……という声には、西川純さんはこう反論します

"見られてもいい自分になることは大人になることではないかな?社会人は不平不満があっても大声で触れ回らないよね"

"辛いこと、大変なことがあったら愚痴ればいい。ただ他人を非難するのではなく。そんなとき、友達から「大丈夫?」という書き込みがあるのは高評価に繋がる。本当に頭にきたことがあったらインターネットという公的社会で露わにするのではなく、実際にあって愚痴ればいい。それが社会人でしょ?"

"つまりね、フェイスブックというポートフォリオを使って子どもは社会人になる"

一連の発言から見えてくる西川純さんの社会人像は、まさしく社畜。昔でいう臣民です。こうした発想で社会は変わりません。少なくとも#MeTooや#KuTooのようなムーブメントは、臣民のFacebook利用からは生まれないでしょう。英語民間試験・国語数学記述式を中止に追い込んだ、尊敬すべき高校生たちの運動もなかったはずです

つまり西川純さんがeポートフォリオを推奨する本当の理由は、臣民づくりに他ならないわけですね

……まあ、eポートフォリオ=臣民づくりというのは、最初からわかりきっていたこと。驚くには値しません

西川純さんの「eポートフォリオ=Facebook構想計画」の恐ろしさは、やはり子どもたちの結婚や友情まで支配しようとするところにあると思います

"フェイスブック上での繋がりは学校を卒業した後も続くことになる。子ども達が30歳になっても、40歳になっても、50歳になっても、60歳になっても。それによって、伴侶を見いだし、再就職や生活保護の受給に気を配ってくれる仲間を子ども達全員に与えることが出来る"

これが前項で提示した謎の答えです

つまり「小中学校のうちからeポートフォリオをつかうと幼馴染と結婚できたり生涯の友人ができる理由は、Facebook=eポートフォリオで子ども時代の仲間と繋がり続けるから」が答えです

( ´゚д゚`)エー、論拠弱っ!

……もちろん、そのあたりのことは西川純さんもわかっているのか、"(Facebookで男女の別なく協力しあえるよう)協同的なクラスをつくる必要がある"とか色々言っていますが、いくらなんでも論拠として弱いでしょう

先に引用した"友達から「大丈夫?」という書き込みがあるのは高評価に繋がる"みたいに相互の利益があっても、いくらFacebookでの繋がりが将来の財産になると先生が子どもたちに説いても(西川純さんは子どもたちにFacebookで繋がり続ける利益を説明すべきだと言っています)、ムリムリムリ(ヾノ・∀・`)

繋がり続ける奴はほっといても繋がるし、そうじゃない奴は繋がりを煽っても関係は切れるでしょう。少なくともFacebookていどじゃ、繋がり続けられるかどうかなんて誤差の範囲にすぎないってばよ

つーか、むしろ西川純さんみたいに過剰に繋がりを煽ると、「絆」とやらを維持するためのイジメが発生してヤベエってのが、この10年くらいの教育界の共通認識では?

……ともかく、たとえ論拠が弱くとも、西川純さんが子どもたちの結婚や友情をeポートフォリオで支配したがっているのは事実です

この国の子どもたちの自由を脅かす、危険すぎる思想です

信じられるかい、これが大学院教授で、おまけにアクティブ・ラーニング協会とやらの顧問様なんだぜ?


おわりに


完全な中止に追い込めなかったとはいえ、大学入学共通テストにおける英語民間試験と国語・数学の記述式導入に反対の声をあげ、行動した高校生や専門家たちをリスペクトします

彼・彼女らのおかげでeポートフォリオの危険性も、最近では世間にだいぶ浸透してきているのではないかと思います

僕もeポートフォリオについてもっと真面目な記事を書こうと思っていたのですが、話のネタにしようと選んだ西川純さんがアレすぎてご覧のありさまです

今後のeポートフォリオの動向にご注目ください


蛇足


キャリアパスポートに言及したとき「志教育プロジェクト」の話もしようと思ったけど、文章の流れ的に無理だったでござる。最近当ブログで「志教育プロジェクト」関連の記事を書かなくなっているのは、決して興味をなくしたからではなく、他にも書くべきものが山積みすぎて手が回らないだけなので、なにかあればいずれまた記事にするつもりはあります

以上、蛇足でした