先日、関東大震災における朝鮮人虐殺を否定する邪悪な連中の手口を暴く、加藤直樹『TRICK トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから)を読みました

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歴史修正主義者の言説が、事実の誤認や基礎的能力の不足ではなく、まったくの悪意による【故意の嘘】から生じていることがよくわかる一冊でした

なぜこういった感想になるかというと、加藤直樹『TRICK トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』が、ウヨたちの馬鹿げた歴史修正を論破するのではなく、彼・彼女らの用いるトリックを次々と解明していったからです

解明されたトリックには、史料の引用に関するものがいくつかあります

【◯◯という本の××という部分を引用しているが、××の先には××の内容を否定する文章△△がある。××を引用しながら△△には触れない】

これ、たしかに明らかな【故意の嘘】ですよね

これはネット社会で主に「切り取り」と呼ばれているものと同種のものでしょう

ネットではウヨさんが「ぼくちんの大好きな安倍しゅしょーの発言を都合のいいように「切り取り」やがって!発言の全部を聞けば、そんな悪いこと言ってないだろ!印象操作だ!」という文脈で「切り取り」を使っています

だがしかし、右派の歴史修正主義者こそが「切り取り」を多用している事実があるのです

歴史修正主義に対抗するには、歴史の知識なんて実は必要なく、ただただファクトをチェックするリテラシーのみが必要なのかもしれませんね

ひどく感銘を受けたので、僕も真似してウヨの手口を種明かししていこうと思います

今日は先に述べた「切り取り」を利用した手口について述べていきます

なお、朝鮮人虐殺否定論で使われた詐術が具体的にどう【解明】されたかは、『TRICK トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』を購入して確かめてください


「切り取り」で遊ぼう!


「切り取り」がいかにヒドイものかを実感してもらうために、「キリトリ」でどれほどのことができるか試してみましょう

素材にするのは吉田裕『日本人の歴史認識と東京裁判』(岩波ブックレット)です

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吉田裕さんと言えば『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)がベストセラーになった学者さんですね

真っ当な歴史学者の常として、吉田裕さんはウヨから「反日学者」と呼ばれています

そんな吉田裕さんが、実はあの「日本会議」だった、と言えば驚かれる人も多いのではないでしょうか

嘘ではありません

なぜなら『日本人の歴史認識と東京裁判』で吉田裕さん自身がそう言っているからです

"日本会議に入会して、『日本の息吹』という会誌をつい最近まで買っていました"

というわけで、吉田裕さんは日本会議でした

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……はい、もちろんこれは「切り取り」です

ちゃんとした文脈は↓です

"日本会議と英霊にこたえる会のことはみなさんご存知だとは思いますが、この二つの会は毎年八月十五日に靖国神社で「戦歿者追悼中央国民集会」を開催して、決議を採択しています。私は以前からこの内容を追っていて、決議を見るためだけに仕方なく日本会議に入会して、『日本の息吹』という会誌をつい最近まで買っていました(笑)"

というわけで、吉田裕さんは研究の材料を手に入れるため、仕方なしに日本会議の会員になっていたんですね

日本会議の会員であった事実は間違いではないですが、「切り取り」前と「切り取り」後の文意がまるで異なることがおわかり頂けると思います

このように「切り取り」をつかえば、いくらでも文意をねじ曲げてフェイクを量産できるわけですね


それって「切り取り」じゃなくなくない?


自分たちが多用しているからでしょうか、ウヨたちは「切り取り」には敏感です

先に述べたように「安倍しゅしょーの発言を切り取りするなー!」というのもそうですね

他にも杉田水脈の「LGBTには生産性がない」発言や、丸山穂高の「戦争で取り返すしか」発言についても同様の擁護がついていたのは記憶に新しいところです(丸山発言について擁護していたのは、さすがにネット内限定の有象無象だったはずですが)

どうやらウヨさんらにとって「切り取り」とは「マスゴミ」の専売特許だと思っているようですね

しかし、安倍晋三にしても杉田水脈にしても丸山穂高にしても「全文読んだら(聞いたら)もっとひどかった」あるいは「全文読んでも意味は変わらない」ものばかり

どうやらウヨさんたちは「端的に表れている一文」や「わかりやすく編集された映像」と「切り取り」の区別がついていない……というか、ウヨさんたちが「切り取り」を多用していること考えると、区別がついていないというよりかは、わざと混同していると見るべきでしょう

たとえば「慰安婦」問題に関わるウヨの欺瞞を扱い異例のヒットとなった映画『主戦場』への反応がそれです

『主戦場』に出演したウヨたちは、喜び勇んで「慰安婦」捏造論を開陳したにも関わらず、上映差し止めを求めて提訴に踏み切りました
https://youtu.be/dmBPsyVyeVY(ウヨたちの記者会見)

記者会見の前になりますが、ウヨたちの批判にこたえる形で、デザキ監督が反論しています

裁判にあたっては、いくつかの論点がありますが、ウヨどもの言っていることは無茶苦茶です

特に、今日のブログで取り上げている「切り取り」についてです

出演ウヨさんたちは発言を「切り取り」されたという批判も行っていますが、果たしてそうでしょうか?

僕にはそうは思えません

映画では、彼・彼女らが普段から主張している内容(「慰安婦」否定論)がコンパクトにまとめられていました

もし仮に、編集によって彼・彼女らの主張が反対(「慰安婦」肯定論)になっていたのなら、彼・彼女らが怒るのもわかりますが……

まさかインタビューをノー編集で公開しなければ「切り取り」にあたるとでもいうのでしょうか?

まさか。彼・彼女らとて、そこまで常識はずれだとは思えません

つまり、『主戦場』出演ウヨたちは、ただの編集に「切り取り」というレッテルをはることによって印象操作をしようとしているのです

ウヨは「切り取り」を最強の武器であるばかりでなく、防御にも使っているということですね


なお、映画『主戦場』にも、ウヨによる「切り取り」が暴かれている場面があります

ウヨどもはアメリカの公文書を「切り取り」し、自説に都合がいいように捏造しているのです(たしか米軍「日本人戦争捕虜尋問レポート No.49(ミッチナ捕虜尋問調書49号)」のことだったと思うのですが、映画を見たのがわりと前なので記憶が曖昧です)

アメリカ公文書の件は、まさしく【◯◯という公文書の××という部分を引用しているが、××の先には××の内容を否定する文章△△がある】というもの……だったはずです(曖昧な記憶)

詳細のほうは映画『主戦場』を見て頂ければと思います


育鵬社教科書に見る「切り取り」の応用


ウヨさんたちの「切り取り」利用は、ただの一般ウヨ書籍やウヨ雑誌の範囲にとどまりません

実は、教育の根幹である教科書でも「切り取り」は行われているのです

それがこちら

"インド独立の父ネルーや、中国革命の指導者孫文は、日本の勝利(日露戦争)がアジア諸国にあたえた感動を語っています"(育鵬社歴史教科書)

この育鵬社教科書の記述で注目して頂きたいのは、ネルーの部分です

ウヨさんたちの間では、ネルーが日露戦争における日本の勝利を喜び祝ったのは有名な話です

それはネルー『父が子に語る世界歴史』に書かれた次の一節が根拠となっています

"もし日本が最も強大なヨーロッパの一国に対して勝利を博したとするならば、どうしてそれをインドがなしえないといえるだろう"

この言葉をもって、ウヨさんたちは強引にも「やっぱり大東亜戦争はアジア解放のための戦争だったんだ!」という結論に飛びつくのですが……果たして本当にそれでいいのでしょうか?

いいわけが、ありません

なぜならこの言葉は典型的な「切り取り」だからです

ネルー『父が子に語る世界歴史』には、上記引用の言葉の後に、その言葉を打ち消すような文句が書かれています

真っ当な教科書会社であれば、ネルーが大日本帝国を誉めていたことに言及するなら、こちらの言葉もあわせて紹介しているはずです

"日本のロシアに対する勝利がどれほどアジアの諸国民を喜ばせ小躍りさせたかをわれわれはみた。ところが、その直後の成果は少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは朝鮮であった"

事実、帝国書院の教科書ではこちらの言葉も掲載しています

真っ当な……というか、本来はここが最低ラインのはずです

いったいどこの馬鹿が【Aと思った。しかしそれは間違っていてBだった】という文章から、Aのみをピックアップするというのでしょうか?

そんなおかしなことをするのは、Aが自説にとって都合の良い人間ーーしかも「切り取り」を実行してはばからない邪悪な者ーー以外にあり得ません

育鵬社のやったことは、まさに【◯◯という本の××という部分を引用しているが、××の先には××の内容を否定する文章△△がある。××を引用しながら△△には触れない】ということに他ならないわけです


もしかするとウヨさんのなかには、「ただのミスだろ!」と育鵬社を擁護する人もいるかもしれませんが、それもまたあり得ない話です

ご存知のように、育鵬社(日本教育再生機構)は「新しい歴史教科書をつくる会」から分派独立してできた教科書会社です


分裂の際には、日本会議メンバーをはじめとした多くのウヨさんたちが「新しい歴史教科書をつくる会」から育鵬社に移籍しました

つまり分裂前に「新しい歴史教科書をつくる会」に寄せられていた批判は、育鵬社の教科書執筆陣も知っていることになります

そして分裂前の「新しい歴史教科書をつくる会」には、ネルーの話の「切り取り」はすでに批判を浴びていたのです

注意して頂きたいのは、「新しい歴史教科書をつくる会」教科書とは違い、育鵬社の教科書はネルーの言葉を直接引用するのではなく、概略として述べるにとどめていることです

これは「同じ本に否定する言葉が載ってるやろがい!」という批判を避けるためだと考えられます

ようするに「切り取り」という手口が巧妙化しているということです


おわりに


ウヨどものトリックを解明する「ウヨ☆トリック」

本日はその第1回目として「切り取り」を扱いました

「切り取り」はウヨの矛であり、盾でもあります。その手口は今後、ますます巧妙なものとなっていくでしょう

ウヨに対抗する人々は、「切り取り」に惑わされることないよう、しっかりとしたリテラシーをもつことが重要です